II. 欧州特許庁における特許付与手続きについて
欧州特許庁審査は2段階に分かれている。
まず先行技術調査が欧州特許庁で行われ、サーチレポートが作成され、出願人に送付されるとともに公開される。
続いて審査部が、主にサーチレポートの先行技術文献をもとに実質審査を行い、付与を決定するかさもなければ拒絶を決定する。
II.1 サーチレポート
欧州特許庁には米国のような先行技術文献開示義務制度(IDS)はない。つまり、出願にあたって、自分の知っている先行技術の全てに言及する義務を出願人は負っていない。
審査手続きは、欧州特許庁が先行技術調査によって見つけた先行技術文献に基づいて行われるのが普通だが、時には第三者が提供した先行技術文献がそれに加わることがある。
調査段階で、出願人が困難に遭遇することは余りないが、以下のような問題が発生することがある :
- - 同じカテゴリーに関して多数のクレイムがあるとき、
- - 非常に広いクレイム、あるいはわざと広く書かれていることがわかるクレイムが存在するとき、
などの場合は、非常に範囲が広く発明に焦点があたっていないサーチレポートが作成される可能性がある。
また請求項の数が10を超える場合は超過料金を支払う必要がある。この点特に欧州特許では、多数従属項形式を使用することが可能な点が、米国のシステムとは全くことなるところであう。
上記の理由から、出願にあたって多数の独立請求項の形をとることは得策ではなく、むしろ、後退できる最低の防御線となる保護範囲(fall-back position)を確保する形にクレイムを整え、発明の詳細な説明部分で詳細に特徴を記載することを薦める。
II.1.b 出願の特許請求の範囲が余りに曖昧であったり、請求項の数が多すぎたり、正常の調査によってはカバーできない分野を請求していたり、あるいは特許を受けることのできない発明分野を取り扱っているときには、欧州特許庁は特別の手続きを発動し調査審査官が調査を行わないことを容認することがある。
こうなると欧州特許庁の付与手続き自体がこのサーチレポートに基づいて行われるので、また、サーチレポートが公開されない限り付与手続きはそれ以上前に進めないので、出願者には大変な時間の無駄となる。
例えば最近、ビジネスモデル特許出願において、欧州特許庁が調査拒否を通知することがよくある。
同分野の特許出願に非常に寛大な米国とは異なり、欧州特許庁は、最近、技術的効果の全くない事業を営む方法に関する出願、及び、ありふれた(公知の)、事業を営む方法を単にコンピューター等に実行させるだけの出願に対する先行技術調査は行わないと決定したからである。
また、欧州で特許を受けることのできる範疇から除外されている治療方法あるいは外科的方法に関する出願についても上記と同様の先行技術調査拒否が通知されることがある。
II.1.c 上記の問題が起こるのを避けるためには、先行技術調査を拒否されることがないよう出願前に出願内容と特許請求の範囲を欧州特許代理人にチェックさせることが望まれる。
戦略的には、例えば、請求項1から10については技術的性格、あるいは技術的効果を含むものを、請求項11から30で特許性を除外されているある方法を定義するということが考えられる。
このような場合欧州特許庁は恐らく請求項1から10に関するサーチレポートを作成するであろう。これによってサーチレポートに基づいた正常の審査手続きが進められることになる。その後11から30の請求項については、出願を分割して別に審査させるようにすることが可能であろう。
特に以下のような場合には、出願前に請求項の形式を(欧州弁理士と相談して)修正することが大変重要となる :
- - 企業戦略上、特許化を急ぐとき(第三者との合意が急務である、侵害訴訟の可能性があるなど)
- - また競争が激しい産業分野、少なくとも特許を一つ所有していることが戦略的に有利な産業分野に関係する出願
p>II.2 実体審査
審査は欧州特許条約の審査基準に照らして形式、実体の両面から行われる。審査官は日本特許庁あるいは米国特許庁などと同様、一回あるいは複数回の通知を発行する。
通知にどのように対応すべきか?
II.2.a 補正: どのような補正が可能か、またどの程度までの補正が可能か?
説明部分と特許請求の範囲の両方を補正することが可能なのはもちろんである。但し、補正は慎重に行うべきで、欧州特許代理人の力量がここで現れる。
欧州特許代理人にとっての困難は、出願人が欧州代理人に米国で付与されたと全く同じ形のクレイムを出願するようにとだけ指示したときに発生する。
出願人が、付与された米国特許と最も近い形の特許保護を欧州で得たい、と希望することはよく理解できる。
しかし、そのような出願は後になって次のような問題を引き起こす危険をはらんでいる :
- - 米国式の請求項の形式は欧州特許庁の慣行的請求項の形式に適応しないのが普通である。
- - 欧州特許庁は、新規事項の追加に対して大変厳しい態度で臨む。米国特許庁に比べ厳格で融通がきかない。
- - 新規事項が追加された補正が、審査で万が一認められて特許が付与になったとしても、新規事項の追加を無効理由として異議が起こされると、補正が不可能となって、特許が取り消されることが起こりうる。
従って、欧州特許代理人は、米国式に書かれたクレイムの形での出願書類の連絡があった場合には(そのまま出願しようとせず)、その内容が出願者の望んでいる特許権保護の範囲なのだ、と捉えた上、欧州式のクレイムの形に変更することを出願人に提案するのがむしろ良心的であろう。
欧州特許弁理士は、出願前の補正が必要なことを正当化する作業を行った上で、欧州特許付与の確立を高めるため、米国式のクレイムの形を変更することを出願人に提案することができよう。
言い換えれば、他の特許庁に出願された、または他の特許庁で既に付与されたクレイムの形そのままを欧州特許庁に出願することは必ずしも費用の節約にはならないということである。
II.2.b 典型的拒絶理由 :明瞭性の欠如、新規性あるいは進歩性の欠如
欧州特許代理人はもちろん拒絶理由を克服することに慣れている。
- - 新規性や進歩性を理由にした拒絶通知が出されたときには、基礎となっている先行技術に関しての指示やコメントを出願者からもらえれば、大変有益である、
- - 明瞭性の欠如を理由にした拒絶通知は、どちらかといえば欧州特許代理人が対処すべき問題である。
明瞭性欠如に基づく拒絶が通知されるのは、クレイムの形が欧州特許庁の標準に適応していないときが多い。
第一回拒絶通知が、明瞭性欠如を問題としている場合には、他の拒絶理由があったとしても明瞭性に関する問題を処理した後でなければ取り扱われないので、時間の無駄という問題がおこる。
一例として同じ製品あるいは方法について複数の独立請求項が出願されている場合が挙げられる。
とは言え、度を越した数でなければ欧州特許庁に独立請求項を複数出願してももちろん許容される。代理人は、審査官に対し、相互に関係のある製品である、あるいは同じ問題について複数の解決法を提案できる、というように説得を行うことが可能である。
その結果、出願人は発明の適正な保護を得ることができ、特に侵害紛争の段階で有利な立場に立つこともできる。
このように欧州特許庁も特別の事例においては、一つ以上の独立請求項を含む出願を許容するようになって来てはいるが、米国特許庁のように寛大ではないことを銘記すべきである。
II.2.c 欧州代理人への指示
欧州代理人は出願人からの指示に対して質問したり、あるいは拒絶通知が来た段階で出願人に質問することがある。出願人は、代理人に完全な指示を送るとともに代理人からの質問には全て答えて欲しい。
代理人の補正提案に出願人が同意しない場合でも、なぜ同意できないのかの理由(ライセンス契約がある、他の先行技術を知っているなど)を付け加えてもらえると手続きが次の段階に行くときに代理人の助けになる。
II.2.d 優先権
優先期間の終わりに、日本出願に補正を加えて優先権を主張した外国出願をすることは、出願人の間で普通に行われている。
欧州特許庁の実体審査で優先権が本当に有効かどうかを審査することは行われない。
しかし、大抗告廷は最近優先権の定義に関して非常に厳しい判断を行ったことに注意すべきである。(G2/98)*(1)
欧州特許庁の審査では数年前より優先権書類の翻訳を欧州特許付与の段階が近づいてから提出しても構わないことになっている。よって、欧州代理人は大抵の場合、欧州出願の特許請求の範囲が優先権を確かに主張できるのかどうかについて出願時に確認する術を持たない。
従って後の段階で優先権の問題が深刻となることを避けるために、
- -欧州出願に優先出願には含まれていない事項が含まれている、
- -優先期間内に問題となるような先行技術が開示された、
ような場合には、代理人に必ずその旨を知らせる必要がある。
II.2.e 特許付与までどれぐらいかかるか。
審査期間だけでも非常に長く、付与まで普通なら4年から5年、これに場合によっては異議期間が加わる。
特許権を早期に獲得したいと願う出願人には早期審査願いを無償で請求する可能性が与えられている。この制度は効果的に運用されている。但し、この場合、出願人は特許庁からの通知に速やかに答える義務がある。また、早期審査請求は公開されないので、競争者は請求の事実を知ることができないという利点がある。
III. 異議手続き
III.1 原則
欧州特許庁は付与後異議制度を採用している。
異議を提出することにより、第三者、通常の場合競合相手、は、欧州特許の指定国全部において特許を無効にすべく攻撃する。
異議は付与後9ヶ月以内に行わなければならない。
異議者は特許の無効を明らかにするため新たな証拠を出してくるのが普通である。
III.2 侵害訴訟との関係
出願中の特許である場合はもちろん、欧州特許付与後も、異議提出期限の9ヶ月が終わるまでは、競合者に対して侵害訴訟を起こしたり、侵害の疑いがあると相手側に警告したりの行動は起こさないことを薦める。
さもなければ、競合者は必ず異議を申し立てる。
この理由からも、権利化を急ぐ出願人には、出願中特許の早期審理をできるだけ早く請求するように助言することもある。
また、異議申し立て中の欧州特許を基礎にした侵害訴訟は、起こされた国の(侵害裁判は国ごとに提訴しなければならない)裁判所で、異議審理が終結するまで停止されるのが一般である。
III.3 特許権者にとっての問題点
異議審査で特許権者を防衛することは以下の2つの理由から非常にデリケートな面がある。
a)特許権者に与えられる請求項補正の範囲が、審査手続き時に比べ非常に限られている。
b)審査期間、異議期間、抗告期間を合計すると欧州特許庁において欧州特許の有効性が最終確定するまで非常に長期間が必要となる。これは言い換えれば、
-第三者と特許ライセンスを既に結んでしまっている可能性があること、を意味する。
そしてどちらの場合も特許権者の立場は非常に難しいものになる。
出願中の欧州特許に関してライセンス契約締結の可能性がある場合は異議申し立てがあった場合の取り決めを挿入する必要があろう。
c)前項で侵害訴訟との関連で起こりうる問題については既に説明した。
d) 上記の困難を考えると、時によっては、欧州特許ではなく、例えばフランスやオランダのように異議制度のない国での権利化に関しては国別に出願する作戦を取るほうが良いときもある。
III.4
指定国で侵害裁判が停止中である場合には、異議の早期審査を請求することができる。これは、異議が抗告段階に入ったときにも同じである。
III.5 費用
異議申し立て及びそれに続く手続きにかかる費用は、各国における裁判費用と同じで、予想することができない。(第三者が払う異議申し立て料金は別として)
費用は、異議申し立て者が提出する証拠によって大いに左右される。
証人審問や、異議審査の行方を握る欧州特許庁での口頭審理は、一般に非常に費用がかかる。
IV. 出願
以上の説明と欧州代理人としての経験から、欧州特許出願のための明細書を書くにあたっては、以下のような点に留意すべきであるといえる。
IV.1. 先行技術の開示
先行技術について広範囲に説明しながら問題を提起し、その解決方法を述べる式の発明の開示がしばしば必要であり、役に立つ。
IV.1.a 欧州特許庁審査官は特許請求されている要素の組み合わせが、当業者にとって自明のものであるかどうかについて、また、先行技術文献が指摘するところから、特許請求の範囲であるクレイム一式が自然に導き出されるかどうを判断しなければならない。参照先行技術に関しての問題提起/解決式の分析は、審査官にクレイムには特許性があると認めさせるのに非常に有用であり必要である。
IV.1.b 審査官はしばしば、出願明細書に書かれていない技術的問題を取り上げることがあるが、問題解決方式で明細書が書かれていると審査官との対話の基礎を形成できる。
IV.1.c 出所の裏づけの明らかでない先行技術を、出願者が認める先行技術であると記載しても、審査官から、記載が不完全で曖昧であるという指摘を受ける危険はあまりない。審査官は大抵の場合(サーチレポートの)先行文献自体を基礎にして拒絶理由を提起する。
しかし、特に異議審査、あるいは侵害裁判においては、異議申し立て者、あるいは侵害疑義者から曖昧で不完全な先行技術の記載があるとして攻撃されることがある。特許権者はそれに答えなければならない。
よって、後になってから問題をこじらせるよりは、出願時から、発行された文献に基づいた先行技術を指摘し、その文献で提起されている技術的問題を取り上げるほうがよい。
IV.2 発明の目的あるいは発明の概要
多くの出願が発明の目的を多岐にわたって説明している。時には請求項を繰り返しているにすぎないこともある。
発明の目的あるいは発明の概要のところでは発明の技術的効果や、発明の利点を詳細に説明するほうが得策であると考える。
あるいは発明をいろいろな角度から定義することにこの部分を使ってもよいと考える。例えば、発明の範囲を広く、中間的にあるいはより狭義に説明したり、構造的にまたは機能的に定義したりしてもよい。すなわち、この部分は後退できる最低の防御線となる保護範囲(fall-back position)を残すために使用されるべきである。
p>IV.3 請求項
請求項の書き方にはもちろん十分注意を払うべきである。
既述のように米国での特許保護に適した請求項形式の出願が欧州特許庁で使われる請求項形式に適さない場合がある。
IV.3.a 多数項引用形式は、米国と違って欧州では認められること、また手数料もかからないことに注目すべきであろう。
さらに、多数従属項を引用する多数従属形式(Multiple depandant claimes of multiple dependant claims)も米国とは異なり認められる。
審査後のことを考え、後退できる最低の防御線となる保護範囲(fall back position)を確保しなければならない場合には、なおさら上記の多数項引用形式は有用となる。
請求項の特徴の組み合わせが、発明の詳細な説明部分のどこで支持されているのかを明らかにし、さらにその正当性を主張することが難しい場合がよくあるが、多数従属項ならばこの困難を克服しやすい。
IV.3.b. 請求項の数を余り多くしないほうがよい。欧州特許庁では10を越える請求項には1つにつき40ユーロの手数料がかかる。
請求項の数が多すぎると調査が広範囲にわたり、しかも発明に焦点のあたらない調査を誘引する原因にもなる。
従って、欧州特許出願の際には必ず請求項の組み合わせを見直すことが薦められる。
既に述べたように発明の概要の部分で、発明の様々な定義を行って、後退できる最低の防御線となる保護範囲(fall-back position)を確保することが最終的に費用の節約となる。